温暖湿潤な気候を誇る日本では、昔から水にまつわる文化が栄えてきました。
今や娯楽の一つとして多くの方に親しまれている屋形船もその筆頭といえます。
屋形船のルーツとしては平安時代、貴族が川面に船を浮かべて遊んだといわれている
舟遊びというものに通じているという説があります。
河や泉、そして海など日本には船を浮かべるための場所がいくつもあったのです。
遠き日の貴族たちは、船上で楽器を奏でたり和歌を詠んだりといった優雅で風流な日々を過ごしていたのでしょう。

屋形船が最も栄えたのは江戸時代に入ってからです。
そもそも、日本最長の幕府が隆盛を誇った時代に現代の東京は江戸として都市機能が整備されました。
その一環として見逃せないのが、生活の足としての水路です。
東京には現在も利根川や隅田川といった広大な河川が流れていますが、
江戸時代は町中に網を張ったように水路が形成されていました。
その用途は市民の移動手段や荷物の輸送です。
商業の町でもあった江戸では、商人が地方から仕入れた品物を店へ運んだり、
またお客を乗せて店へ案内したりするための足として水路及び船が利用されていたのです。

すなわち、江戸の人々にとって船は身近な存在であり、屋形船という文化が発展する土壌が出来上がっていたことになります。
そんな時代の大名は、自らの財力を誇示する手段として屋形船を保持していました。
屋形船にお客を乗せて接待をしたり、誰にも聞き耳を立てられない環境で密談したりするときに屋形船を利用したのです。
武家のための文化であった屋形船は、商人をはじめとした一般市民にも波及していきます。
大名ほど豪華ではなくても、平船で水路や川を遊覧しながら
料理やお酒を振る舞うといった現代の屋形船に通じる楽しみ方が生まれてくるのもこの時代です。
江戸時代の終わりと共に屋形船ブームも少しずつ鎮静化していきます。

二つの大戦の折には屋形船という贅沢を楽しむ者もいなくなり、一時は消滅の危機に陥りました。
それを救ったのは戦後40年経ったバブル景気の頃です。
娯楽を求めた人々が新たな楽しみとして、江戸時代に流行した屋形船を再興させたのがきっかけといわれています。
そこから数十年経った現代において、屋形船は老若男女から支持される極上の空間として認識されるに至ります。
観光のために運営される屋形船や、水上レストランのように
食事を摂ることが出来る屋形船など、様々な形で市民から親しまれているのです。
屋形船に乗り込む際には、江戸時代に思い馳せながら歴史を試作するのも一興といえるでしょう。